『美味しい+ビックリ=感動』
ご夫婦で営む進藤洋菓子店

 新宿から中央線で30分ほど行くと武蔵小金井駅に着く。そこから約4分歩いたところに、今回ご紹介する進藤洋菓子店がある。進藤洋菓子店は、ただ美味しいだけではなく『美味しい+ビックリ=感動』をコンセプトにしている。今回の取材中にも、「美味しい」についてはもちろんのこと、その美味しさに潜むたくさんの「ビックリ」についても伺うことができた。
 この記事では、異例で多彩な経歴を持つ進藤氏と、進藤洋菓子店の知られざるストーリーについてご紹介する。

大学卒業後にパティシエを志す

 進藤洋菓子店オーナーパティシエの進藤 久志(しんどう ひさし)氏が産まれたのは、第二次ベビーブーム真っ只中の1974年2月14日のバレンタインデー。そのこともあり、子供の頃のバースデーケーキは決まって母親が作ってくれるチョコレートケーキだった。

「小さい頃、誕生日に作ってくれる母のチョコレートケーキが大好きで、その記憶がパティシエを志すきっかけになったのかもしれません」

 高校卒業後、大学に進学。大学卒業に際し、一般企業への就職を考えたものの、理髪店を経営する両親の姿を見て育った事から、組織の中で働くのではなく自分の力で何かを成し遂げてみたいという思いがあった。悩んだ末に、以前から興味のあった製菓の道に進む決意をする。当時、父親からは「最後には必ず一国一城の主になれるようにがんばれ」と言われたそうだ。
 そして大学卒業後、「大阪あべの辻製菓専門学校」に進学。製菓学校から帰宅後は、近所のケーキショップ「フルート桂屋」でアルバイトを始める。ここから進藤氏のお菓子作りの人生が始まった。

紆余曲折 フランスに渡るまで

 専門学校卒業後、当時その界隈では有名だった、大阪アメリカ村の中にある心斎橋「パット・オブライエン」に就職した。朝から晩まで、パット・オブライエンで提供されるフランス菓子と格闘する日々を送る。数年が経ち、『本場フランスではどうやってお菓子を作っているんだろう?日本との違いは?』と考えるようになり、フランスで働いてみたいという思いが強くなった。

 就職して4年が経ち、一通りの技術をマスターした進藤氏は意を決してフランスに渡る。結果として、言葉の壁や様々な理由からこの時はフランスで働くことは叶わなかったものの、語学学校での生活やフランス人家庭でのホームステイを通して、フランス文化の一端を垣間見る経験をした。
 
 帰国後は、自分に足りないものを補う為に、東京品川にあった「ホテル・ラフォーレ東京」に仕事の舞台を移した。生まれ育った大阪を離れる事は、人生において大きな決断だった。その決断が仕事に没頭する時間を生み、3年後にホテルを離れる頃には階級のトップであるシェフパティシエになるまでに、経験と実績を積んだのだ。

 日本での経験をもとに再度フランスで挑戦することを決め、改めてフランスに渡る。現地のフランス語学校に通ってフランス語を習得後、フランス各地にある働きたいと思っていたパティスリーに宛てて履歴書を送付。そして、ついに夢が叶い、パリの有名パティスリーである「シュクレ・カカオ」や「ジェラール・ミュロ」で働き、本場のフランス菓子の最新技術を身に着けたのだ。

帰国後 教員にさらなる経験と挑戦

 フランスからの帰国後、本場フランスでの経験を積んだ進藤氏は、新たなる挑戦として「東京多摩調理製菓専門学校」で製菓学校の教員を務める。その後も、横浜にある「国際フード製菓専門学校」に転職し、2校で教員としての経験を積むことに。国際フード製菓専門学校では、業界で有名なトップパティシエの助手を務めることも多く、ここで経験の幅を広め、更には自分自身の技術や知識の現在地を知ることもできた。

レシピ・商品開発から独立へ

 製菓専門学校で新たな経験を積んだ進藤氏は、さらなる変化を求めて「United foods International株式会社」に転職。その職務はレシピ開発・商品提案・生産ラインの作成。また未知な分野への挑戦が始まった。
 そこでは、コンビニや私たちの身近なカフェで提供されているケーキなどの、商品開発から製造までを行っていた。ある店舗のスイーツ全商品や某カフェでヒットしたケーキを進藤氏が開発していたというから驚きだ。企業での商品開発や工場での製菓製造は今まで経験してきたカフェやホテルでの製造と大きく異なる点があり、当初は大変苦労したという。

 

 「工場で製造するスイーツの大半は冷凍して配送できる事が前提となり、また多くの人間が関わる為にコストの制限も厳しいです。その為、必然的に作り方や材料が限られてしまう。しかし、クライアントの理想は高い。自社とクライアントの間に挟まれるストレスは想像以上でした。製造ライン作成の際にも、それまで見たことも無かった〈トンネルオーブン〉や〈ラックオーブン〉・〈トンネルフリーザー〉等の取り扱いに慣れる事も大変で。しかし、1日に3千~1万個のケーキを30人~40人がかりで作り、それが全国に運ばれて売られていく。今までとは全く別の達成感がありました。また、品質管理部や品質保証部の方々と共に製品を作り上げていくなかで、菌に対する知識が高まり、衛生への本当の取り組み方を教わる事ができました。それまで全く知らなかったそうした大量生産商品の舞台裏を知り、得るものも大きかったように思います」

 このようにして国内外で幅広い業務を経験した進藤氏は、40歳を目前にした39歳の秋、以前に父親と交わした約束通り、東京の小金井市にて独立を果たしたのだ。

夫婦二人三脚で試行錯誤

 進藤洋菓子店に入ると、生菓子はもちろんのこと、焼き菓子の種類も豊富で何を買うか目移りしてしまう。その理由は種類だけでなく、見た目の楽しさにもある。一つ一つのケーキに沢山のパーツが使われ、色が鮮やかで、整然と並べられたショーケースは見ているだけで楽しい気持ちになる。

 進藤氏はその道のプロとして20年に渡ってお菓子を作ってきた為、まだ世にない物を作りたいと複雑に考えがちになるのだとか。そのため、新商品に関するアイデアを奥様に尋ねたり、商品開発最終段階の試食をお願いする事もあるそうだ。行き詰まった時には奥様の提案するシンプルなアイデアに救われるという。自分の納得する味とお客様の求める味とにズレが生じる事も自覚している為、それを修正する役目を奥様に任せている。

 「妻は料理人なので料理に関して言えばプロですが、ケーキに関してはいい意味で素人なので、パティシエびいきではなくお客様により近い立場での意見を言ってくれるので助かります。」

 フランス・パリ等の各地で磨かれた進藤氏のプロフェッショナルな技術とこだわりに、お客様に寄り添った奥様の微妙な修正が加わり、ここでしか味わえない進藤洋菓子店ならではの絶妙な味を作り出しているのだ。まさに夫婦二人三脚で歩んでいる洋菓子店である。
 

コンセプトは『美味しい+ビックリ=感動』

 
 
 進藤洋菓子店の魅力は味だけではない。視覚でも楽しませてくれる。今回の取材時、人気のケーキのひとつである『果物のタルト(ア・マ・ファッソン)』の製作過程を見学させて頂いたのだが、完成した時の色鮮やかさに驚き、思わず感動してしまった。
 各パーツを土台となるクッキー生地とタルト生地に乗せていくのだが、下から見ていくとクッキーとアーモンドスポンジの茶色、苺の赤、ブルーベリーの濃い青に粉糖で薄化粧をし、パイナップルの黄色、そして一番上に乗る真っ白なクリームの上に更にピスタチオの緑をあしらう。

 「日本のケーキは、例えばショートケーキは赤と白、ロールケーキも黄色と白など、2~3色程度で作られる物が多いです。それは日本人の感性の中に、≪差し引いて作る、シンプルイズベスト≫の精神があるからだと思うんです。私が師事したフランス人シェフは、≪どんどん足して、複雑な物を調和させる≫手法で素晴らしい物を作り上げていました。私もその手法を取り入れるべきところには取り入れ、自分らしいオンリーワンなケーキ・焼き菓子作りを目指しています。色彩に関して言えば、そのものが持つストレートな色を出すところ、粉糖でぼかすところ、ナパージュ等で艶を出して更に色を前に出すところ等、細かい所まで考えて作っています」

 さらに驚かされたのは『いちごのパフェ』だ。パフェとは言っても進藤洋菓子店のオリジナルケーキの1つ。進藤氏考案の〈アイスクリームを使わないパフェ〉を形にしたものだが、真横から覗きこむと、筒状のカップ下部にある苺ソース+プリンとその上のサクサクチョコ+スポンジとの間に何もない空間(空洞)があるのだ。この空間を作る技術には、見た目にに『びっくり』を与えるパフォーマンスという側面と、もう一つ進藤氏ならではの重要な意味がある。それは、苺ソースとサクサクチョコが最初から接していると、サクサク部分が時間の経過と共にどうしても湿気ってしまう。そこで、いつ食べても作り立てと変わらないサクサク感をキープする為にはどうすれば?と考え、試行錯誤の結果、空間(空洞)を作る今の形に辿り着いたのだ。


 
 「見た目・香り・味わい・食感等のいくつかの要素が食べる人の固定観念や想像を超えると、まずその事に驚き、その後にジワーッと感動が生まれると思っています。なので常に、そのようなケーキ・焼き菓子を作れる職人になりたいと思って努力してきました。自分の店を持った今、進藤洋菓子店はそういったケーキ・焼き菓子しか販売していない変わったケーキ屋でありたいと思っています。なので逆に〈普通の物〉は置いていません(笑)。見た目に普通の物でも、食べてビックリしてもらえる物ばかりを揃えています。」

ここにしかない菓子を。オンリーワンへのこだわり

 オンリーワンのケーキ屋になる為に、進藤洋菓子店にはさまざまなこだわりがある。
 
 まず驚いたのは、進藤洋菓子店に並ぶほぼ全てのお菓子のレシピを進藤氏がゼロから作っているという事だ。一般的なパティシエは修業先のレシピを受け継ぐ。それ以外は本やインターネットに掲載されているレシピを参考にするくらい。そこにオリジナリティーを加えるとしても、若干の足し引きをしたり、構成や組み合わせを変える程度だ。しかし進藤氏は、企業でのレシピ開発の経験と多くの現場で蓄えた知識をフル活用して、オリジナルレシピを独自に作成しているという。

 「今は物や情報が溢れている時代なので、お金さえ出せば希少で高価な食材を入手でき、簡単に原材料こだわったお菓子を作ることができます。でも、私はこれまでに色々な場所で、多くの人達から様々な手法や技術を教わってきました。なので、私は更に一歩進んで、それらのこだわりの原材料を使ってレシピを作成し、それらを最大限に生かす手法や技術を選んで、ここにしかないお菓子を作りたいんです」
 
 

 ≪日本一美味しいロールケーキを作りたい≫との思いから作った1番人気の『しんどうロール』の開発過程を例に取ると、まずコンセプトは『軽い味わいで何個でも食べられそうなフルーツロール』に決めた。
 そして、次に生地の選択。沢山の生地の種類からロールに最適な引きの強いパータ・ビスキュイを選んだ。甘さを抑えた軽いビスキュイ生地のレシピ作成に取り掛かる。甘さをギリギリまで少なくする為、生地中のメレンゲには卵白の三分の一の砂糖しか加えない。泡立て加減は泡立て過剰にならないクリーミーなところまで。卵黄は泡立てずに加える。薄力粉は浮いた生地を支えられるだけのギリギリの量に調節した。焼き時間・温度も、その生地に合わせて設定を模索。次に、軽さを出す為生クリームは北海道産乳脂肪35%のみで、加える砂糖は8%。うまみ・コクを補う為に、生地に薄くカスタードクリームを塗る。フルーツは味に加えて色彩も加味し、厳選したバナナ・キウイ・イチゴに決定。甘味と共に酸味にもこだわる。そして、どこを食べても同じ味わいにする為に、手間はかかるがフルーツを全て約8ミリ四方にカットすることにした。その後何度も試作を重ねて、生地・クリーム・フルーツの全てが調和する重量を決めてレシピの完成に至ったのである。
 
 実際に食べてみると、その軽さと味わいに本当に驚いた。

 
 次に驚かされたのは、販売されている全てのケーキ・焼き菓子に想像を超える為の仕掛けがなされていて、オリジナリティーに溢れている事だ。〈シュークリーム〉のシュー皮は想像を上回るカリカリで、真ん中にスポンジを入れる工夫もある。〈キャラメルプリン〉においては、まず上半分はバニラアイスクリームの様な風味に味を調整してあり、真ん中まで食べ進んだ辺りで下にあるキャラメルソースと混ぜ合わせると、今度はキャラメルアイスクリームの様な味わいに変化する。更に究極とも言えるなめらかさを併せ持っているのだ。〈ショートケーキ〉は通常のパータ・ジェノワーズという生地ではなく高級ロールケーキ生地を使用しているので、今まで食べた事がないもっちりフワフワ。〈ガトー・オ・ショコラ〉はテリーヌショコラの生地を再構築したレシピなので、フォークが入りにくい程濃厚でなめらか。焼き菓子に目を向けると、〈パウンドケーキ〉各種は驚くべきしっとり感。それは、レシピ作成の際に通常のレシピではありえない程ある食材を多めに配合しているそうだ。それに加えて〈サーブル〉は、進藤洋菓子店オリジナルのサブレで、究極のサクサクホロホロ。〈メレンゲきな粉〉は、口に入れると瞬時に消えるレベル。〈アーモンドクッキー〉に至っては、飲み込む際に強烈なアーモンドの芳香を感じることができる…etc。例を挙げるとキリがないのである。

 「進藤洋菓子店という店名にも、自分なりのこだわりがあります。修業を始めた頃は自店を構えるなら『パティスリー●●●』の様な店名を考えていたのですが、フランスに行って働いてみると、ジェラール・ミュロの様な本格派パティスリーにはケーキだけではなくチョコレート・パンにお惣菜までありました。本来の『パティスリー』とはそういった店で、それを目の当たりにした時に〈自分の目指す店はこういう店ではない〉と思ったんです。更に、盲目的にフランスに憧れて渡仏しましたが、現地で美味しいとされている物が全て美味しいと感じるわけでは無いと分かりました。その時から、自分らしい店とはどういったものなのかと模索し始めたんです。長い時間をかけて考えた結果、自分のお店は≪昔から大好きなショートケーキやチーズケーキ・シュークリーム、そしてプリンの様な❝日本の定番洋菓子を美味しく極める事❞と、❝パリで学んだ最新のフランス菓子を日本人が好む味わいにアレンジする事❞の2つを柱に、こだわりのケーキ・焼き菓子を販売する店≫という結論に辿り着きました。なので、古臭く聞こえるかもしれませんが、私の店は『パティスリー』ではなく『洋菓子店』なんです」

 実際に訪れてみるとお店のファサードにある進藤氏が作成した店名のロゴが印象的で、店内に目をやると各商品一つ一つに過剰なくらいの商品説明が書かれている。そういった細かい部分にまでオンリーワンへのこだわりが見える。これからも、どのような『ビックリ』で私たちを感動させてくれるのか。今後が楽しみな店である。

*通常は店内 撮影禁止の所、許可を得て撮影しました。

進藤洋菓子店の店舗紹介

いかがだっただろうか。
進藤洋菓子店の『美味しい+ビックリ=感動』なスイーツを食べに、JR中央線の武蔵小金井駅を訪れてみてはどうだろう。

お店情報
店名:進藤洋菓子店

住所:東京都小金井市本町1-6-17 若林ビルⅡ 102

定休日:不定休

営業時間:11:00~19:00

本山智男
株式会社SweetsVillage 創業者。 3度の飯よりスイーツが好き。お菓子屋さんの取材を50件以上実施。様々なスイーツの企画にも携わり、スイーツの商品開発などにも携わる。

2件のコメント

  1. 素材がかわいそうに思えた。
    自己満足なケーキ 
    正直本場のフランス知らないなって思ったよ

  2. 生菓子も焼き菓子も繊細で凄く美味しかったです。こだわらないとできないお菓子なんだろうなぁと感じました。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。