スイーツの静かな激戦区と言われている自由が丘。その地域に店を構えている「ル・プティ・ボヌール 」は、その地域だけではなく、地方のファンも多いショコラトリーのお店だ。ル・プティ・ボヌールのオーナーである廣嶋恵氏は、チョコレートの本場フランスだけでなく、日本に帰国してからも勉強をし続けた実力のあるショコラティエ。

今回は、現在ショコラティエとして活躍している廣嶋氏のルーツから「ル・プティ・ボヌール 」を開店した想いに迫っていく。

小学生の時に感じたお菓子作りの楽しさと嬉しさ

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ル・プティ・ボヌール オーナーの廣嶋 氏がお菓子作りの楽しさと嬉しさを感じたのは小学生の時だ。

「当時、父親が学校の先生をやっていて、そこの教え子の生徒さんの家が喫茶店だったんです。その時にその方からお菓子をもらう機会があって、食べた時にとても美味しく、作り方を父親が聞いてきてくれて、その時にお菓子を作り始めました。」

当初は父親の勧めでお菓子作りを始めた廣嶋氏は、お菓子作りの楽しさ、そして自分が作ったものを人が食べてくれた時に「美味しい」と言ってくれた嬉しさを感じていた。

お菓子作りの道を選んだきっかけ

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その後、パティシエとしての道ではなく、廣嶋氏は大学で栄養学を専攻する道をに進む。その理由として、お菓子作りを仕事にしてしまうのではなく、お菓子作りは趣味の範囲で取っておこうと思っていたと言う。

大学を卒業した後は商品企画職としてデパートなどに出店する中食企業に就職した。

「最初はデザートを担当すると聞いていたのですが、入社してからは、お惣菜やハンバーグ、揚げ物の企画やプリンの開発をやっていました。料理についても勉強できて、様々な食材を知れて楽しかったです。」

その後パティシエとしてやっていこうと決めたきっかけは、3年目の時に担当した天然酵母から作るパンを現場で作るというプロジェクトの時だった。その時に一緒にプロジェクトを進めていた「ビゴのパン」を立ち上げた職人に言われた言葉が、お菓子作りを仕事にしていこうという決意に変わっていった。

「最初私はパンもお菓子も両方できればいいなと思って、天然酵母から作るパンのプロジェクトに移動させてもらいました。しかし、職人さんと話していくうちに、パンももちろん繊細ではあるけれども、パンを専門でずっとやってしまうと生地の見方などのパンを作っていく上での繊細な技術は磨かれていくが、飾りつけだったりパティシエに求められる細かい作業ができなくなりがちになってしまう。”パンをやりたいんやったらパンをやった方がいいと思うし、お菓子をやりたいんだったらお菓子をやった方がいい”という言葉をもらい、お菓子を作っていく道を選びました。」

日本ではなくフランスを選んだ理由

お菓子作りをすることを選び、その道に進んでいった廣嶋氏は日本でお菓子作りを学ぶのではなく、フランスを選んだ。

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「もともとは、実際のフランス見て感じて、フランス菓子を教える教室を開きたいと思っていました。フランスでは各地に地方のお菓子があり、その街や村に行かないと食べれないようなお菓子もあり、そのようなお菓子を自分で食べて作って教えていきたいという思いがありました。ですので、そのまま日本で学ぶよりは現地のフランスに行って勉強したいと思い、フランスにいくという決断をしました。」と廣嶋氏は語る。

チョコレートとの出会い

ル・プティ・ボヌール オーナーの廣嶋氏は、フランスに渡仏された後は地方菓子を学ぶため、各地を周り、お菓子屋さん等で働きながら勉強されていた。そんな時、イースターの時期が訪れ、一気にチョコレートに魅力を感じ始める。フランスではイースターの時期になると、チョコレートの細工が盛んに行われる。その時にチョコレートが面白く、のめり込んでいきました。
そして2年目にもっとショコラを勉強したいと思い、パリのショコラティエで働きました。

そのお店がこじんまりとしていて暖かく、可愛らしいお店で、お店を開くならこんなお店がいいなぁ。とぼんやりおもっていました。

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帰国後もフランス人の元で学ぶ

廣嶋氏は、フランスから帰国した後にホテルや個人店などで働くのではなく、ルコルドンブルーというフランス料理の学校でアシスタントとして働き始める。

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その理由について廣嶋氏は、

「フランスから日本に帰る時に、フランス語もせっかく喋れるようになったので、フランス人のいる環境で働きたいと感じていたのと、フランスのお菓子をもうちょっと学びたいと思っていたので、ル・コルドン・ブルーで働くことに決めました。語学も使えるし、フランス人の人ともう1度働きたいってのが一番大きな理由です。」

迎賓館での経験

ちょうどル・コルドン・ブルーで3年ほど働いた後に、廣嶋氏は迎賓館のウェディングのシェフパティシエとして転職をする。当時、ル・コルドン・ブルーの料理のシェフが迎賓館に総料理長として就任するという事で、廣嶋氏に声がかかった。当時廣嶋氏は、結婚式のため、ウエディングのデザートビュッフェ、そしてウェディングケーキなど、チョコレート専門ではなく、チョコレートも含めた全般的なスイーツを担当していた。

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「迎賓館ではデザートビュッフェやコース料理のデザートを担当していました。そこではフランスで勉強したチョコレートの細工など、役に立つこともありました。ただ、これまで経験して来なかったことも多く、入ってからとても苦労しましたが、後から入ってきた後輩などに助けてもらいながら勉強していました。」

フランスや帰国した後もル・コルドン・ブルーで勉強し、さらに迎賓館で働いている中でも勉強し続ける廣嶋氏からは、努力家であることが伝わってくる。

大阪から自由が丘へ

迎賓館で働いた後に、廣嶋氏は大阪にチョコレート専門店を開く。

「大阪でお店を開きたいと思っていたのは迎賓館で働いて3年目の夏くらいに考え始めました。ただ、急に辞めることができないポジションではあったので、年末までは働いて、その後に開店しようと考えていました。ただ、チョコレートでやっていきたいと考えていた時に、チョコレートをやるならバレンタインまでには絶対間に合わせたいっていうのあったので、開店までにあまり時間がなく、気づいたら大阪でお店を探していました。」

その後、大阪で多くのお客様に愛されるお店を運営していたル・プティ・ボヌール オーナーの廣嶋氏は、なぜ自由が丘にお店を移転させたのか。

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自由が丘への移転はご結婚がきっかけだった。

ただ、当初は自由が丘と大阪のどちらでも店舗を運営できないか考えていたという。

「大阪のル・プティ・ボヌールの時も多くの常連客の方がいてくれて、自由が丘への移転はすごい申し訳ないと思っていました。初めは大阪のル・プティ・ボヌールのお店も残して自由が丘の方も営業できないかなっていうのも思ってたんですが、その当時は従業員も雇っておらず、2店舗経営は難しい状況でした。ですので、大阪のお店を残す事を諦め、お店で選べるような感じでご利用いただけるよう、インターネットを充実させて、これまでの常連の方にも買っていただけるようにしました。」

ル・プティ・ボヌール の由来

ル・プティ・ボヌールという言葉は、フランス語で「小さな幸せ」という意味をもつ。その言葉をこの店の店名として採用した理由はどういったところにあるのか。

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「もともとフランスから帰る前から、お菓子教室をやるにしても何にしても、「ル・プティ・ボヌール」にしたいと考えていました。お菓子はとても大きな幸せを人に与えるわけじゃないけれど、ちょっとつまんだ時にホッとするようなものだと思っていたんです。バレンタインの時期に趣味で作っていたチョコを知り合いに配った時に、美味しいと言っていただけたり、お手紙をいただけた時に、本当にうれしくて。自分の作ったものでその人に小さな幸せを感じてもらえるものを作っていきたいとおもいました。」

店内のこだわり

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もともと大阪にル・プティ・ボヌールの店舗があったということもあり、基本は大阪のお店をベースとした店舗作りが行われている。エンジっぽいワインレッドの壁で、大阪と同じようなお店の雰囲気で、大阪のル・プティ・ボヌールのお店を持ってきたような店舗に設計されている。

華やかに見えるショコラティエの裏側

小学生の頃からお菓子作りが好きだった廣嶋氏は、毎日お菓子を楽しみながら作っている。ただ、その裏側ではショコラティエにも華やかな面と地味な面がある。

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「ケースはすごい華やかに見えますけど、チョコレートを作る工程ってすごい地味なんです。9割地味で1割派手くらい。ショーケースに並んでいる輝いたお菓子たちは、型から抜いて初めてこの色が見えるんです。それまでの作業は、本当に淡々と地味な作業です。でも、やっぱり型から外した時の綺麗な色が見えたり、頭の中で思い描いた色を思い通りに出すことができると、とてもテンションが上がりますし、とても嬉しくなります」

そういった作る楽しみが、ル・プティ・ボヌールの季節限定の商品を作っていくところにも繋がっていっている。

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「また、もともと趣味から始まっているため、作っている時に楽しみながら、美味しくなるようにと心の中で想いながら作るようにはしています。ですので、現場がピリピリしていることは全くありませんし、逆に怒っていたりしていると美味しいものは作れないような気がしています。それは迎賓館で働いていた時から心がけている事です。」

お客様への想いから広がる人との繋がり

ル・プティ・ボヌールはお店に来たお客様との繋がりを非常に意識している。

ル・プティ・ボヌールは店内から厨房の中を大きなガラスで見れるようになっている。

「作ってるところはお客様から見えたほうがいいってのは思っていましたし、お客様が来た時に作り手の顔が見えないっていうのはお客さん側からしても不安にさせてしまうとも思っていました。また、私は元々人が好きでお話するのも好きなので、お客様が来た時にお客様にご挨拶ができるように見えるようにしています。」

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そして、ル・プティ・ボヌール オーナーの廣嶋氏は、お店に来られたお客様とコミュニケーションをとりながら運営をしている。

「お客様と話さないのって、なんか寂しいんじゃないですか。世間話でもないですけど、話はしたりはしますかね。元々大阪の時の店舗の時とかは、本当に喋りに来てくれてるお客さんがたくさんいらっしゃいました。商品が良くても人との繋がりが駄目だったら、ちょっと寂しいお店になってしまう気がしています。やっぱりお客さんがあってのこちら側なので、気持ちよく帰ってもらえるようにいつも心がけています」

ショコラティエとして活動していく中で、やりがいを感じること

「チョコレートを作っていく上では、チョコレートはとても繊細で、状態や気温によって大きく左右されるものですが、綺麗にチョコレートが出来上がった時はとても嬉しい気持ちになります。また、お店を運営していく上ではお客様がついてくれることです。家族で帰り道に買っていってくれたり、買った次の日にも買いに来てくれたり、たくさん通ってくれるお客様がいると、自分の好きな味で作っているものを受け入れられてもらっている感じがしてとても嬉しいです。」

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ショコラティエとして働いている中でも大変なことはある。チョコレートは気温が高いと溶けてしまうため、キッチンは常に冷房を21° に設定している。気温が非常に高い8月であっても、店内が寒すぎて、たまにお店の外に出ないと体調を崩すくらい寒いとル・プティ・ボヌール オーナーの廣嶋氏はいう。

「でも、そんな大変なことがあっても頑張れるのはお客さんの存在が大きいです。

お客様に、作ったチョコレートを見ていただいた時にすごい綺麗、食べていただいたときに美味しいと言っていただけると、もっと頑張ろうと思います。」

今後のお店づくりについて

今後のお店作りについて廣嶋氏はこのように語る。

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「お客様を大切にしたい、が一番です。

気持ちよくお買い物ができて親しみやすいお店で、また行きたくなるようなお店になりたいなと思っています。大阪でよく来ていただいたお客さんにもなるべく届けやすいようにもしていきたいと思っています。この自由が丘でも買いに来ていただいたすぐ次の日にも来てくださったり、毎週来ていただけるお客様がいて、親しみやすさを持って気軽に来ていただけるように引き続きしていきたいと思います。」

店舗情報
店名: LE PETIT BONHEUR(ル・プティ・ボヌール)
住所: 東京都世田谷区奥沢6-28-6-102
Tel: 03-5760-6110
公式サイト: https://le-petit-bonheur.jimdo.com/