日常にささやかな喜びを。作り手の想いが息づくお菓子

東急池上線長尾駅から徒歩1分。小さな一軒家に、小さな看板。うっかりしていれば通り過ぎてしまう佇まいの正体は、和菓子屋〈wagashi asobi(ワガシアソビ)〉。店内に並ぶのは、ドライフルーツの羊羹と、ハーブのらくがんのみ。どちらもこの店を営む稲葉 基大氏と浅野 理生氏2人の自信作である。

どうしてこんな目立たない場所にひっそりと佇み、たった2品のみしか商品がないのだろう。お店を訪ねて店主の稲葉氏に話を聞いたら、その理由が少し見えてきた。お店を2011年にスタートして今年で9年。ワガシアソビのこれまでとこれからについても聞いた。

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“たまたま”足を踏み入れた和菓子職人の道

まずは、和菓子の世界へと足を踏み入れることとなったきっかけを、稲葉氏に聞いた。

「都内にある高校で食品科学科コースに在籍し、食品の製造からさまざまなことを一から学び、卒業後は老舗和菓子屋に就職をしました。最初の2年間は、銀座にある店舗で、あんみつやくずきり、かき氷などを作っていました。その後、生菓子を製造する部門へ移動して3年を過ごし、そこからニューヨークの店舗へ転勤となり約6年間、製造責任者として生菓子から喫茶、ランチメニューなど全般的に携わっていましたね。ニューヨークの店舗が閉店することをきっかけに帰国し、再び製造部門へと配属され、生菓子や焼き菓子などを作る日々を過ごしました」

なぜ、洋菓子ではなく和菓子を選んだのだろう。この問いに対し稲葉氏から「正直、なんでも良かった。”たまたま“です」と、飄々とした返事が返ってきたことには驚いた。というのもワガシアソビは日本のアーティストや、世界的一流メゾンなどハイブランドともコラボレーションしたこともあり、日本のみならず世界から注目されているにも関わらず、オーナーの稲葉氏がこの世界に足を踏み入れたきっかけは「学生時代、たまたま求人票のページをめくっていたら条件の良い和菓子屋を見つけて、目が眩み、そのまま…(笑)」。数年後にハイブランドなどから「一緒に何か作りませんか?」と、突然自らの元に連絡が来ることになるとは、この時の稲葉氏は、おそらく想像すらしていなかったはずだ。

その、ほんの偶然から始まった稲葉氏の和菓子職人の人生は、やがて多くの人との出会いによって、一つひとつ、点が線になるように、夢を形にしていくこととなる。

和菓子で遊んでいたら生まれた「ワガシアソビ」

稲葉氏がニューヨークから東京へ帰国し、そのタイミングとほぼ同時期にワガシアソビはスタートした。その始まりは、友人たちとの“茶会ごっこ“。お茶を点てる人、陶芸をする人、花を生ける人、書を書く人、音楽を奏でる人など、さまざまな分野に携わる人と集うそのイベントの場に、稲葉氏は和菓子職人として参加した。

このイベントには毎回共通テーマが設けられており、例えば、目白で行われたイベントの時にはその土地の名前にちなみ「白」をテーマにし、作品や身に纏う洋服に白を取り入れて皆が参加する。友人たちとお茶を飲み、お菓子を食べ、音楽を聴き、芸術を楽しむ。そんなことを年1回のペースでやっていくうちに、たくさんの人との出会いが生まれたのだという。この時に手に入れた人脈は、未だに自分自身を支えてくれる大切なものだと稲葉氏は話す。

「イベントに参加するようになったのは、とある知人から誘われたことがきっかけです。彼女に『私はお茶を点てるから、あなたはお菓子を作って』と声をかけてもらって。仕事とは別に、完全プライベートでお菓子を作って人に食べてもらったのはこの時が初めてでしたね。ただ、当時まだ和菓子屋に勤めていて副業が禁止だったこともあり、イベントに参加する人たちから美味しいからどこで買えるのか教えてと言われても『これは、買えません』と答えるしかなくて。勤め先も明かさず、何をしている人なのかと聞かれるたびに『和菓子を作って遊んでいる、稲葉です』と言っていたら、ある時、その言葉の響きを『“和菓子遊び“の稲葉さんなんですね』とちょっと面白い捉え方をした人がいて。あ、これは使える!とひらめいて、その日から『ワガシアソビの稲葉です』と答えるようになりました」

ひょんなことから生まれた「ワガシアソビ」。これがのちに、今の〈wagashi asobi〉に繋がっていくととなる。

もっと自由に、自分らしく生きていくために独立を決意

当時、稲葉氏だけに限らず、同僚の中にはアーティストとコラボして和菓子を作ったり、老人ホームに和菓子を教えに行くなどプライベートの時間に個人で活動する人もいたようだが、皆同じように副業が禁止されているため、多少なりとも活動のし辛さを抱えていたのだとか。そこで稲葉氏は、同じ想いを共有する者同士で集まり活動する方が、より楽しく、自由に和菓子作りができるようになるのではと考えた。そしてその想いに賛同した4人と共に、チームという形でのワガシアソビの活動をスタートさせる。

一方で、仕事もしていたため活動できるのはあくまで休日のみ。それでも参加するイベントの数が年間100になることもあり、ワガシアソビの情報を聞きつけたメディアから取材の依頼が入ることもあったそう。さらにwagashi asobiとして稲葉氏は雑誌の連載を持つようにまでなり、ハードな毎日を送っていたことはいささか想像がつく。その日々の中、稲葉氏の中でぼんやりと“独立“の文字が浮かんだことは自然な流れでもあるが、どこか踏み切れずにもいたよう。しかし、予期せぬタイミングが重なって稲葉氏は独立を決意することに。

「なんとなく独立を意識していた時、いつも行っていたカフェが閉店して物件が空くと聞いて『これは、今だ』と、独立を選びました」

稲葉氏が辞めると同時に、ワガシアソビのメンバーでもあった浅野氏も会社を辞め、2人による新しいワガシアソビがスタートする。

何にも縛られずに自由に自分の意のままやりたいことをしてみたい。稲葉氏はそのような想いを密かに抱き続けてもいたのだそう。そんな稲葉氏は、ビジネスパートナーになることとなった浅野氏を「和菓子バカ」と表現する。和菓子に真っ直ぐで素直な人だとも。

「彼女はもともと和菓子職人に憧れてこの道に入った人。短大を卒業して、京都にある老舗和菓子屋のお菓子の写真を見たのがきっかけで、そこに直接電話をして『とって下さい』って。初めての女性職人として受け入れてもらってバリバリと働いて、その後もいくつかの老舗和菓子屋で経験を積んで、最終的に、同じ和菓子屋で私たちは出会ったわけですが、彼女の和菓子への拘りや職人としての熱量に私自身いつも刺激を受けています」

一つひとつ丁寧に、想いを込めてお菓子を作る

心機一転、新しい形のワガシアソビが2011年に誕生した。お店やお菓子作りへのこだわりを聞いてみた。

「常日頃から大切にしているのは、一つひとつ、想いを込めて作るということ。一瞬一瞬の想いを溢さずお菓子にその全てを注ぎ込みたい。そして、せっかくやりたいことをやるために独立したのだから、やりたいことだけやって行きたいという意識も持っていますね。あと、どうしてこの場所でお店を始めようと思ったのか、もちろん私の生まれ育った町であることも理由の一つではありますが、お店としてやって行くためには、この町に根づくような、町の象徴となるようなお菓子を作り、この町に訪れた人に手土産として買って行ってもらえるようになれば嬉しいなと思っていて。いくつも商品を展開するのではなく、それぞれの代表作のみで勝負しようと決めて、浅野は『ドライフルーツの羊羹』、私は『ハーブのらくがん』を作りました」

「自分たちの好きなことや、本当にやりたいことを続けていくためにも今の形がちょうど良いなと思っていて。ラインナップを増やすよりも、商品を絞って品質を上げていくことの方が一つひとつに集中できるし、より良いものを作り続けられます。お菓子はただ、作って売って買って食べるものではなく、人と人とが繋がるために必要なものであると、お菓子を作り続けてきた中で実感しているので、その想いをきちんと形にしたいし、何度食べても美味しいと想ってもらえるようなものを作って行きたい。せっかく買いに来てくれるお客さまを裏切りたくないので」

近頃では和菓子離れといった言葉を耳にするほど、若い年代の方たちの間では餡子を食べたことがない人までいると聞く。こういった時代の流れを、稲葉氏はどのように受け止めているのだろう。

「昔はお持たせに和菓子を選ぶ人が多かったけれど、今は洋菓子に限らす、ワインやお惣菜、生肉ですら持って行けるような時代になってしまったわけです。ライバルが大勢いる状況の中、和菓子を選んでもらうには今までと同じことをしていてはだめなのは目に見えています。だからといって人気のあるお店のお菓子を真似るのではなく、ゼロからオリジナルなものを生み出して行かなければ意味がない。お客さまに喜んでいただけるお菓子を作るためには、自分自身も常に感度を鋭く、あらゆるモノやコトに触れる習慣を維持することが大切になっても来ます。それらによって得た刺激や、自らの琴線に触れたもの全てが、お菓子作りのヒントに繋がって行くためです」

ワガシアソビのこれから

これからのワガシアソビについて、稲葉氏はどのような景色を想い描いているのだろうか。

「いつも言っていることではありますが、現状維持。ワガシアソビのお菓子を美味しいと思ってくれる人がいて、その人をいつまでも喜ばせ続けられることに尽きるのではないかなと」

ワガシアソビのアトリエは、大きな看板を掲げるわけでもなく、ひっそりと町に佇む隠れ家のようだ。これからもこの場所から、ささやかな喜びが人の手により紡がれて行くのだろう。

店舗情報
店名:wagashi asobi (ワガシアソビ)

住所:東京都大田区上池台1-16-2

営業時間:営業時間 10:00~17:00

定休日:不定休

kanmi
3時のおやつはかかせない、甘党フリーライター。好物はクラブハリエのバームクーヘン。毎日がほんのりとあたたかくなるような文書をお届けします。

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