世界的パティシエ辻口博啓シェフの原点

日本を代表するパティシエ、ショコラティエとして名声を得ている辻口 博啓(つじぐち ひろのぶ)氏。活躍の場は国内にとどまらず、洋菓子の本場フランスでも高い評価を得ている。活動範囲も多岐に渡り、洋菓子、和菓子、ブーランジェリーなどコンセプトの異なる13ブランドを展開。自身の地元である石川県にある「辻口博啓美術館」では、スイーツやギフトのテイクアウト、カフェ、飴細工を展示するギャラリーを併設するなど、食と芸術の融合を実現し、垣根をこえ今もなお躍進し続けている。

今回は、数あるブランドの中でも辻口氏の冠店ともいえるモンサンクレールを取材させてもらった。インタビュイーは、モンサンクレールのヴァンドゥーズ鎌田 御規子(かまた みきこ)氏。「一つ一つどのお菓子にも、パティシエの愛情が込められています。ただお菓子を販売するのではなくて、込められた想いまでお客さまに届けたいのです」。そう話す姿には“モンサンクレール愛”が人一倍溢れている。そんな鎌田氏に、お店の誕生ストーリーやお菓子作りへのこだわりなどを伺う。

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辻口氏をパティシエへと導いたショートケーキ

辻口氏は石川県七尾市の和菓子屋「紅屋」の三代目として生を受ける。幼少期から和菓子に親しみ、稼業を継ごうと和菓子職人になることを考えていた。しかし、小学3年生の時に食べたショートケーキの味に深く感動。その体験がきっかけとなりパティシエを志すこととなる。

高校卒業を機に上京し、都内のフランス菓子店にて住み込みで働き始める。この時期について辻口氏は「辛い日々の連続でもあったが、あの時があったからこそ今がある」と話している。

パティシエの世界は華やかなようにも見えるが、実際には力仕事を要するハードな仕事の連続でもある。一方で、手先を使う細かな作業も多く、「職人の世界」とも言われている。辻口氏は、働き始めてからの約3年間、お菓子を作る仕事はさせてもらず、掃除や仕入れ、在庫管理といった雑用や事務作業ばかりだったそう。仕事は朝6時から夜の12時まであり、休憩も15分程度と十分にはとれない環境であった。また、休日も仕込み作業をしなくてはならず、ほぼ無休の働き詰めな日々だった。

ハードな下積み時代も3年目に入ると、辻口氏は、コンクールへの挑戦を始めるようになる。「コンクールへ出て優勝し、自分の名前を世間に広めてお店を構えよう」と考えたのだ。
パティシエの仕事が終わる深夜から、コンクールに出品するための作品づくりは始まる。コンクール歴代の優勝パティシエと、自分との違いは何なのか。今の自分に足りないものは何か。ひたすら研究を重ね続ける日々。それは連日、明け方まで続けられた。
修行を開始し5年後の1990年、パティシエの登竜門ともいわれる「全国洋菓子技術コンクール」に出場して優勝。辻口氏、23歳の時のことである。その後も躍進はとどまることなく、国内のコンクールにて次々と優秀賞を獲得。評価は国内だけにとどまらず、フランスの有名コンクールでも輝かしい結果を残し、一躍その名を世界へと知らせる。

垣根をこえたお菓子を楽しめる総合パティスリー

1998年3月20日、辻口氏は自由が丘にパティスリー「モンサンクレール」をオープン。店内には厨房の見えるオープンキッチンが設けられており、お客さまはお菓子を作る様子をガラス越しに見ることができる。

ショップでは、併設のキッチンにて作られる出来たての新鮮な生菓子や焼き菓子、パン、ショコラなど豊富に取り揃えている。また併設のカフェではそれらスイーツをこだわりのコーヒーとともに楽しめる。

店名の「モンサンクレール」とは、南仏に実在する丘の名前だ。
モンサンクレールとは、辻口氏にとって人生のターニングポイントともいえる場所なのだ。パティシエとしてこれからどう生きていくのか、自身の本質と向き合い、どう表現していくべきなのか。その答えを見いだし、自身が抱く強い信念をとことん貫き通すと決意した瞬間を、辻口氏はこの丘の上で迎えたことに由来する。
パティスリー モンサンクレールは辻口氏の原点であり、こだわりや愛情が惜しみなく注がれた空間である。

一貫してこだわるのは、食べた人の記憶に残るお菓子を作ること。この想いには、辻口氏が初めてショートケーキを食べたあの瞬間の感動が今なお強く残っているからなのだろう。同じような感動をお客さまにもお届けしたい、感じて欲しいという現れでもあるのかもしれない。
その思いを実現するために、その時期に最も美味しい旬の素材を厳選することを徹底している。お菓子作りにおいては味や食感、香りや美しさにまでこだわることはもちろん、見える厨房を備えることでお客さまの高揚感を刺激し、さらに記憶へとアプローチする。

ただ並んでいるだけでは見えないところを間近に見ることで、パティシエの技術に目が輝き、その思いまでもが伝わってくる。

モンサンクレールの個性豊かなスイーツ

人の手で作るお菓子には、一つとして同じものは存在しない。モンサンクレールに並ぶお菓子も同じく、それぞれ個性豊かな魅力をもっている。

店内には、バターとフルーツの香り広がる艶っとしたパイや、ついつい目移りしてしまうプチガトーも並ぶ。華やかな見た目のケーキが並ぶ中で控えめにたたずむフロマージュカンパーニュは、そのシンプルさが、むしろ際立つ存在感を漂わせている。
木箱に入るちょっと特別なテリーヌショコラはギフトにもおすすめだ。またモンサンクレールでは、季節限定スイーツも豊富に展開している。

秋には、熊本県産の大粒栗を丸ごとパイで包み焼き上げたマロンパイ「モンサンクレールの栗」も登場。

厳選された3種類の林檎をソテー、タタン、マリネのそれぞれに違う製法により作り、サクサクのパイとともに焼き上げた「3種の林檎のアップルパイ」は、旬のりんごを贅沢に使った一品。

新しい商品を生み出すことと並行して、定番商品のブラッシュアップにも力を注ぐ辻口氏。そこには「お客さまをつねに喜ばせたい」という強い信念がある。

洋菓子の本場、フランスにて修行を経験したこともある辻口氏。フランスで学んだ様々な技術を、自身のお菓子にも反映している。一方で、「辻口流」とも呼ばれる、洗練された味、製法、見せ方は、他にはない魅力の一つだ。

旬の厳選された素材を「芸術品」と呼べるほどの美しいお菓子へと生まれ変わらせるまでには、配合、温度、火の通し方など、細部までこだわり、一瞬の気の緩みさえ許されない。

お菓子を作る際に大切にするのは、常にお客さまの目線になりながら「こんなものが食べたい」と思うお菓子を作ることだという。
辻口氏の根底にある思いは、モンサンクレールに並ぶ個性豊かなお菓子の中に息づく。

変わることを恐れない。進化し続けるモンサンクレール

時代の変化とともに、様々な種類のお菓子を目にするようになった。これはお菓子だけに限らずに、日本の食文化全体において今や海外の影響を受けている。
街の至るところにファストフード店を始めとする外資系飲食店が溢れ、さらにインターネットの発達により欲しいものが簡単に手に入るようにもなった。

その地に足を運ばなくては知り得なかった情報でさえ、家にいながら知ることのできる時代。
とても便利である反面、情報過多に陥り感動し辛くなる、いわば感受性が鈍くなる可能性があるのではという危機感を多少なりとも抱いてしまう。
時代の変化を止めることなどできるわけがなく、一方で時代が変化するからこそ進歩するものもあると思うのだ。

辻口氏はこの目まぐるしい時代の中、感度を研ぎ澄ませて誰よりも貪欲にあらゆる情報を察知し、自身の感性をアップデートしている。モンサンクレールのお菓子も日々アップデートしながら、つねにお客さまに満足してもらえるようにと進化し続けている。

「本当の恐ろしさは変化することではなく、とどまること」とでも言うように、どこかほっとするような懐かしさや温かさはありつつも、時代にフィットするお菓子を豊富に揃えるモンサンクレールは、辻口氏のそんな想いを代弁しているかのような、説得力さえ感じるお店だ。

お菓子で作る未来。可能性は無限大

冒頭でも話したように、辻口氏はいくつものブランドを展開するかたわら、美術館や映画を作るなどマルチに活躍されいる。このほかにも、製菓学校の学校長、健康に配慮したお菓子の開発などにも携わる。パティシエ、ショコラティエといった肩書におさまりきらない活動により得たものを、自身のお菓子作りにも還元している。

ジャンルを越えた活動は、様々な人との繋がりを生む。そして今までになかった新しいアイデアが自然と生まれたりもする。

独自の視線により世界のスイーツシーンで確固たる存在感を放ってきた辻口氏。さらなる進化を遂げるその先には、一体どのような景色が広がるのだろうか。今後の活躍が楽しみである。

店舗情報
店名:モンサンクレール

住所:東京都目黒区自由が丘2-22-4

営業時間:11:00~19:00(時短営業あり)

定休日:水曜日(他、臨時休業あり)

kanmi
3時のおやつはかかせない、甘党フリーライター。好物はクラブハリエのバームクーヘン。毎日がほんのりとあたたかくなるような文書をお届けします。