「当たり前を大切に」。近江商人の精神が息づく老舗菓子店

今回訪れたのは、滋賀県にある「ラ コリーナ近江八幡」(以下「ラ コリーナ」)。ラ コリーナは、滋賀県を本拠地に、主にお菓子の製造販売をしている「たねやグループ」が2015年1月にオープンした施設。

お菓子屋さんとは思えぬほど立派なたたずまいに驚かされる。

中へ入るとたねやグループが運営する和菓子「たねや」。

洋菓子「CLUB HARIE(クラブハリエ)」。

さらに広い敷地内には焼き立てが食べられるカステラショップに、

ロンドンバスがシンボリックなギフトショップなど、いくつものお店が施設内に転々と配置されていて、まるでひとつの村のようになっている。

大きな青空が空いっぱいに広がったインタビュー当日は、年末ともあり、ラ コリーナはたくさんの人で賑わっていた。大人から子どもまで年齢層は幅広い。甘い香りに包まれた空間の中、とても楽しそうに、幸せそうに会話する人たち。「どのお菓子にする?」「美味しいね」といった言葉が飛び交うその空間にいるだけでこちらまで幸せをもらえるような、とても温かい気持ちになれた。

今回インタビューに答えてくださったのは、たねやグループ広報 田中朝子氏。
たねやが年2回発行している冊子「La Collina」の編集長でもある田中氏に、たねやの誕生ストーリーをお聞きするとともに、お菓子作りへのこだわりやラ コリーナの魅力についてたっぷりと語っていただいた。

創業148年。はじまりは“種屋”だった

驚くことに、たねやは、もともと材木屋を生業としていたそう。後に、材木屋から野菜などの種苗の販売をする“種屋”に商売替えし、その後、和菓子屋に転身。敗戦後の物資不足の時代には〈栗饅頭〉が「美味しい」と評判で、甘いものが売れ、たねやの礎となる。

種屋から一転、お菓子屋を始めるためには菓子作りを学ばなくてはならない。そこで、たねやの創業者である山本久吉は京都の老舗和菓子店「亀末」にてお菓子作りを一から学んだ。修行を終えた後、明治5年に「種家末廣(現:たねや)」を創業する。

ちなみにお店の名前「たねや」は種苗を販売していた当時の“種屋”からきている。地元の人たちに「種屋(たねや)さん」との響きが親しまれていたこともあり、そのままその名前を残して新しい事業を始めるに至ったそうだ。

「相手を思いやる気持ちを大切にすること」

たねやが最も大切にしていることは「相手(お客様)を思いやる気持ち」。この思いのルーツは、たねやが拠点とする場所、滋賀県にある。

滋賀県は昔、近江国といわれ、近江国出身の商売人は「近江商人」と呼ばれていた。
近江商人は大阪商人、伊勢商人と並ぶ日本の三代商人のひとつ。基本的には近江国外で活動した商人のことを近江商人、国内で活動する商人を「地商い」といったそうだ。

近江商人は、たとえ国外へ進出したとしても近江国でつちかった精神を大切にした。その精神とは「売り手の都合だけ考えるのではなく、買い手がどれだけ満足してくれるかを考える。くわえて、地域社会の発展にも貢献しなくてはならない」という “三方よし”の精神。たねやが大切にしている思いには、昔からずっとあった近江商人の精神が息づいており、その精神が”相手(お客様)を思いやる気持ち”に繋がっているのだという。

相手のことを思いやる気持ちは果たして、どのようなものを言うのか…
「例えば、おにぎりを子どもに握るとします。家の中ならふわっと柔らかく握り、塩も少なめにする。けれど外で運動した後に食べるのならば、崩れにくいようぎゅっと握って塩も気持ち多めに加えたりする。その相手を思いやる、そういう気持ちを大事にしていきたい。この小さな心くばりが大切だと思うのです。」

お菓子は、感情を動かしてくれる

多くのお菓子屋さんにインタビューしてきた際、皆さん口を揃えておっしゃっていた言葉がある。

「お菓子は生きていくために必ずしも必要なものではないけれど、あることにより人生を豊かにしてくれる。」

これには、深く共感を覚える。この感覚はなにもお菓子に限ったことではないとも思うのだ。例えば、ファッションやメイク。新しい服を着た時の喜びや、挑戦したことのない色のリップをつけた瞬間のドキドキなど、人生は必要なものだけでできているわけではないということを人は知っている。

田中氏もまた、お菓子に対してこのように表現している。
「お菓子には夢や笑顔があり、たとえ毎日欠かせないものではなかったとしても、感情を動かす意味でとても大切な存在だと思うのです。複雑なことなどひとつもなくて、ただ笑顔になれるということ。これは、たねやを通じて大切に伝えていきたい思いのひとつでもあります。」

健やかな生活は、豊な自然があってこそ

2015年1月9日、たねやは新しく「ラ コリーナ近江八幡」という空間をオープンさせた。

ラ コリーナのコンセプトは『自然に学ぶ』。ここには「自然を大切にすることこそが、人々の豊かな生活を底上げする最も重要なことである」という思いがある。しかし、もとは全く違うコンセプトのもと計画が進んでいたそう。様々なことが重なりラ コリーナが完成するまでに要した期間は約7年にも及んだ。

「当初は大きな工場を建ててお菓子作りを見学できるような場所を作ろうという計画が進んでいました。しかし、ちょうどその頃に社長が交代し、新しく就任した山本昌仁から『これからの時代に本当にそのやり方で良いのだろうか』と。たねやはお菓子を作っている会社です。しかし、お菓子作りだけにとどまらず、“社会に必要とされる企業“、”社会に必要とされる人の育成“という点も重要視しています。ですので、もちろんお客様に楽しんでいただける場にすることは絶対ですが、『たねやとして、将来に向けて果たすべき役割は何なのか』を改めて見つめなおすために、一旦全ての計画を白紙に戻すことになりました。」

「再度計画を練るためにお力添えをいただいた方々は、全国の様々な大学の先生方です。分野は多岐にわたり植物や昆虫、中には蚕の先生からお話しを聞かせて頂く機会もありました。そんな中気づかされたのは、“豊かな自然のもとに人は生かされているのだ”という最も根本的なところです。
私たちが日々、口にする食べ物、もちろんお菓子だってそうですが、元を辿れば土からできています。その土が息づく自然を大切にしなくては、私たちは食べ物を摂ることすらできなくなりますよね。もっと言えば、自然が破壊されてしまったら、私たちたねやはお菓子を提供することができなくなります。その重要性に改めて気づき、お菓子屋として何らかのアクションを起こさなくてはならない。そこで新たに見つけたコンセプトが『自然に学ぶ』でした。」

ラ コリーナは、ただの観光地ではなく、”100年後続く場所”であると実感している。
ここには、たねやの近江商人としての”三方よし”の精神が体現されていると言っても過言ではない。

農家さんは自然と作り手を繋ぐ”架け橋“のような存在

自然を大切に思い、そして学ぶこと。それは、たねやのお菓子作りを支える上で欠かせない農家さんの存在を大切にすることにも繋がると田中氏は話す。

「たねやの考えとして、お菓子そのものをPRするのではなく、お菓子が出来上がるまでのストーリーをとても大切にしています。ひとつのお菓子が出来上がるまでにはいくつもの農家さんの苦労があります。それはお菓子に限ったことではなく、物には必ず物語があって、たくさんの人が関わり、そしていくつもの思いが込められているということ。それを知ってから食べるお菓子は、きっと知らないで食べた時よりも、もっともっと深く、優しさや温もりまで感じることができるはずです。」

変えるべきものと、変えてはならないもの

おそらく、若い人たちの多くは和菓子より洋菓子を口にする機会の方が多いだろう。さらには“インスタ映え”という言葉もあるように、斬新な見た目のお菓子がトレンドでもある。

そんな中、たねやは148年という長い歴史の中で「今の時代にフィットする、受け入れてもらえる和菓子とは一体どのようなものなのか?」を追求し続けてきた。

昔からずっとある定番の品であったとしても、幅広い年齢層に受け入れてもらえるように、時代に合わせて必要であればブラッシュアップする。若い世代の人に和菓子の魅力を知ってもらうことは、これから先、和菓子の歴史を絶やさないことにも通ずる重要なことでもあるからだ。

一方で、伝統銘菓や代表銘菓であっても、時代とともに移り変わる日本人の味覚や嗜好品に合わせて少しの変化をくわえるということ。

例えば、コーヒーや紅茶を飲む人が増えている今、それに合うような和菓子を提案する、もしくは今まであった定番の品ならば甘さを少し控えめにして、コーヒーと一緒に食べた時に良い塩梅になるようにする。食べた人が気づかないほど小さな違いにこだわるところにこそ、たねやが148年も長く続いてきた理由があるのだと思う。

また、日本の文化でもある茶席菓子については昔のまま、大切に、味、上品かつ繊細な造形美はそのままに守り引き継がれている。「変えるべきものと変えてはならないものの線引きはとても大切」だと、田中氏は話す。

代々続く老舗のお菓子は、多くのファンがいて、それぞれが「思い出の味」を持っている。その中で、時代に合わせ味を変化させることは、口でいうのは簡単ではあるけれど非常に難しい。そこを乗り越えるためには、”お客様に気づかせない”技術が大切なのだという。
「変えるべきものと変えてはならないものの線引き」という言葉には、長く人々に愛されることへの秘訣が隠されていると感じた。

やるべきことをひとつずつ、大切に重ねていく

最後に、お客様へ伝えたいメッセージと、これからのたねやについて田中氏に伺う。

「芯となる部分にある思いは、和菓子を若い世代の方にもぜひ味わっていただきたいということ。たねやには洋菓子を専門に扱うクラブハリエがあります。和菓子と洋菓子がひとつの企業に両方あるというのは大きな強みでもあると思うのです。洋菓子のテイストを和菓子に取り入れる。すると面白い化学反応が起きて新しい和菓子の可能性がより広がります。」

「例えばオリーブオイルをかけて食べる大福などはそのひとつ。他にもピスタチオを使ったお菓子屋やバレンタイン時期にはチョコレートのお饅頭も登場します。『和菓子だからこれはできない』ではなくて『和菓子だからこそ、こんな可能性があるよね』という前向きな思考は、これからの未来に和菓子という文化を残すひとつのきっかけに繋がると思います。」

「あとは、歳時菓子の存在も知って頂きたいですね。歳時菓子とは節句や冬至など、一年のうちにその日にしか出ないお菓子のこと。歳時菓子とともに失われつつある日本の文化や伝統に改めて触れて頂きたいなとも思います。」

「これからのたねやについては、自然や人を大切に思う気持ちは今までと変わらず、たとえ小さなことであったとしても、やらないよりかはやるべきだという思いで何事にもチャレンジする姿勢を失わないこと。そして今、人生100歳と言われる時代に入り、健康や美を意識したお菓子づくりにもトライしています。私たちたねやがお菓子屋として出来ることは何かを考えて、小さなことからこつこつと大切に重ねていくこと。和菓子業界に大きな革命を起こすのではなく、底上げできるような存在でありたいです。」

[box title=”店舗情報” box_color=”#c30d23″]店名:ラ コリーナ 近江八幡

住所:滋賀県近江八幡市北之庄町615-1

営業時間:
【メインショップ】 9:00~18:00
【カステラショップ】 9:00~18:00
【フードガレージ】
ギフトショップ:9:00~ 18:00

定休日:年中無休(1月1日を除く)

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[gmap address=”滋賀県近江八幡市北之庄町615-1 ラ コリーナ 近江八幡”]

老舗菓子店が提案する、和菓子の可能性

「たねやの社員はみな、たねやの和菓子が一番好きなんです」

そう話してくれたのは、たねやグループ広報 田中 朝子氏。和菓子が洋菓子の影に隠れてしまっているようにも感じる近年、若者の和菓子離れにも拍車がかかっている。そんな中、洋菓子と和菓子の両方の製造販売を行なっている「たねや」は、伝統的な和菓子を作りつつ、新しい和菓子の可能性を追求するべくチャレンジし続けている。

今回は、そんなたねやの和菓子の中から「栗饅頭」「ふくみ天平(てんびん)」「斗升最中」「オリーブ大福」の4つをご紹介する。

たねや代表銘菓「ふくみ天平」

たねやを代表する和菓子「ふくみ天平」。こちらの特徴は、食べる前に自分で最中種にあんこを挟んで食べるという、いわゆる「作りたて」を味わえるというところ。

ふくみ天平は、『お客様へ作りたての美味しさを味わって欲しい』という思いから誕生したもの。最中種は時間とともに中のあんこの水分を吸ってしなりと柔らかくなってしまう。最中種とあんこが一体になるところもまた良さのひとつではあるけれど、作りたてのサクッとした最中種の食感や香ばしさが味わえることにはまた違った魅力があるのは確か。

中のあんこはとても滑らかで口の中で優しくとけていく。あんこの中にはお餅が入っているが、歯切れが良くて、それでいてお餅特有のもちっとした食感もある。そして、何と言っても最中種の美味しいこと…。さくっと優しい食感に香ばしい香りが口から鼻にかけてふんわり通る。

ふくみ天平は、「滑らかなあんこ」「もちっと食感のお餅」「さくっと香ばしい最中種」この3つを一度に味わえる。

そしてもうひとつ、「女性が食べやすいように、大きな口を開けなくてもすっと口に入れやすいよう細く作っている」という、たねやの優しさも魅力。

“益々繁盛”の願いを込めた「斗升最中」

「ますます繁盛しますように」と願いを込めて作られた「斗升最中」。中には粒餡と柚子の餡の2種類が入っている。粒餡は甘さ控えめで、小豆の粒を程よく食感として楽しめる。そして柚子の餡。なんとも上品な柚子の香りが粒餡と合わさった瞬間、何というのか、餡子の甘さを爽やかに仕立てるとともに、引き立てもしているなんとも絶妙な塩梅の最中。夏の暑い季節に食べても決して重たさがない。

ちなみに「ますます幸せが訪れますように」との想いも込められているので、お祝いのシーンに選ぶのも良い。

最中は、最中種が口の中にくっつきやすく、あんこも甘いというイメージが強いようにも思う。
しかしたねやの最中種は、さくっとした食感に生地の心地よい香りもしっかりと残る。口にくっつきにくい最中種にも非常に驚いた。

たねやは、それぞれのお菓子に合わせたあんこを自社で製造している。
あんこを自分のお店で作っているお菓子屋は実はとても少ない。あんこは和菓子の基本であり魂でもあるが、そのあんこを美味しく毎日作ることは職人技でもあるのだ。

斗升最中の最中種とあんこが一体となって風味、食感、後味が非常に美味しい。それは、軸であるあんこをきっちり作っているというところがあってこそだと、たねやの和菓子を食べて感じた。

和菓子の新しい可能性「オリーブ大福」

近江米を使ったお餅にフレッシュなオリーブオイルをかけていただく、全く新しい和菓子の形「オリーブ大福」。

お餅にはほんのり塩がきいていて、中には甘さを控えたこし餡が入っている。お餅の部分はもっちりとした食感の中に程よく近江米の粒が残っていて、まるでおはぎのよう。そこへたねやが日本で独占輸入したというイタリア中部のカステッロ・モンテヴィアーノ・ヴォッキオ社のエキストラバージンオリーブオイルをかけていただくという、なんとも新しい和菓子。

小さなボトルに入ったオリーブオイルにも、たねやの強いこだわりが詰まっている。
「フレッシュなオリーブオイルを味わって欲しい」との思いから、作りたてを瓶に詰めてそのまますぐにマイナス25度で冷凍。それにより食べるその時まで、新鮮な味や風味を損なうことなく楽しめるのだ。わずか10mlの小さな小瓶なのも使い切りサイズにするため。ちなみにオリーブオイルだけも販売もされている。

148年の歴史ある老舗菓子店たねや。創業からずっと大切に受け継いできた味を大切にしつつも、全く新しい和菓子の可能性も追求し続けている。両極端と感じてしまいそうになる2つの姿。けれど、もはや和菓子や洋菓子などといったお菓子をジャンル分けすることすら浅はかなのでは、と思わされてしまう。今後も私たちにどのような新しい和菓子の世界を見せてくれるのか。ますます目が離せない。

[box title=”店舗情報” box_color=”#c30d23″]店名:ラ コリーナ 近江八幡

住所:滋賀県近江八幡市北之庄町615-1

営業時間:
【メインショップ】 9:00~18:00
【カステラショップ】 9:00~18:00
【フードガレージ】
ギフトショップ:9:00~ 18:00

定休日:年中無休(1月1日を除く)

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