「シンプルを、極める」お菓子への愛情をひたむきに表現したバームクーヘン

滋賀県近江八幡市に本社のある「たねやグループ」は、和菓子「たねや」や、バームクーヘンで有名な洋菓子「CLUB HARIE(クラブハリエ)」、パン専門店「ジュブリルタン」、カフェなど食にまつわるショップを全国に数多く展開している。

2015年には本社のある近江八幡市に、たねやグループの世界観を総合的に楽しめる空間「ラ コリーナ近江八幡」をオープン。

また、“女性が輝く企業”作りにも力を入れており、企業内保育園「おにぎり保育園」も運営。こちらの園では、特に食育に重点を置きながら、食べることの大切さ、楽しさなどを伝えながら、子どもたちの成長に寄り添う環境作りに取り組んでいる。

今回インタビューに答えて下さったのは、クラブハリエ社長 グランシェフ山本 隆夫(やまもと たかお)氏。山本氏の抱くクラブハリエへの思い、お菓子作りに対するこだわりはもちろん、バームクーヘンがヒットするまでの道のりなどについてもお聞きした。

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当たり前のことをちゃんとする

クラブハリエは、今から遡ること約70年前の1951年、和菓子屋「たねや」内にて洋菓子を販売させたのが始まりである。和菓子のみを製造販売していたたねやはなぜ、洋菓子を販売するにいたったのだろうか。

当時、たねやの店舗の向かいに住んでいたウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏から「これからの日本には西洋文化がどんどん入ってくるから洋菓子を作り販売してみてはどうか」とアドバイスを受けたことがきっかけだったそう。

ヴォーリズ氏とは、アメリカ生まれの建築家である。1900年初頭、滋賀県近江八幡市にある高校の英語教師として来日。以降、日本国内で数多くの建築なども手掛け、さらにメンタームを日本へ普及させた社会実業家でもある人物だ。

洋菓子を始めた当初は商品数も少なく、あくまでメインは和菓子だった。

歴史を振り返ると、たねやはもともと材木屋を生業としていた。

材木を売る隣で種苗を販売し、その種で収穫した小豆を使って和菓子を作り振舞ったところ『美味しいやんか』と飛ぶように売れる。

そこから和菓子屋たねやは誕生し、ヴォーリズ氏の親族から洋菓子を教えてもらったことがきっかけで洋菓子もでき、今のクラブハリエへと繋がっていく。あまりにも順調な流れに思えるが、自分たちで「次はこうしよう」などと戦略的に行ったことは今までに一度もないと山本氏は話す。

「その時の時代や状況に必要なものをタイミングよく周りの人たちが教えてくれて、利益など考えず、先ずはやってみようとひとつひとつただ実行してきただけ。」

周りからは、どうやって次々に新しいことを見つけるのかと聞かれることも多いという。
しかし、「『これからの時代はこうなる』などと自分たちで想像して何かするのではなく、周りから必要とされることをする。『当たり前のことをちゃんとしよう』という想いを大事にしていれば、普通のこと。」と、その考え方は常にシンプルだ。

コンテストをきっかけにお菓子作りに熱中

山本氏は、たねやの次男として生まれた。長男の山本 昌仁氏(現たねやグループCEO)が次期後継者になるため、自身はたねやに入るつもりなど一切なかったという。20歳の頃、就職時期とバブル崩壊とが重なりやむなく地元へ帰り、そのタイミングで入社。明確な目標を持たないまま、ただやるべき仕事をこなすだけの毎日は、全く面白みを見出せない日々だったという。

ある時、とあるきっかけで洋菓子のコンテスト(パティシエ自身の作る洋菓子を出展して評価を得るもの)の存在を知った山本氏は、そこからコンテストに没頭する。

「最初は出場するも、入賞に届きませんでした。勝つためにどうするべきかと考える日々は、この世界に入り初めて自分自身と真剣に向き合う時間をくれたように思います。」

ところが当時、洋菓子の経営は順風満帆ではなく、軌道に乗るまでコンテスト出場は禁止となってしまう。

「コンテストのことばかり考えていた時期でしたし、出るなと言われてすぐに気持ちを切り替えられる状態でもありませんでした。『会社経営が軌道にのればコンテストに出ても良い』と言われ、ふたたびコンテストに出ることを目標に、会社の利益を回復するための方法を考えることへ気持ちをシフトさせましたね。」

試行錯誤の中で見つけた新たな道

会社を軌道に乗せるため、山本 氏は自らの腕を磨くために鎌倉のお菓子屋へ修行へ行く。そして修行から帰ると早速、習ったお菓子を店頭に並べてみたが、予想を反し売れなかったという。悩んだあげく修行先のシェフに相談したところ「その地域に合ったお菓子を作りなさい。」とのアドバイスを受ける。

地域に合ったものとは何なのかと再考したものの、最初はピンとこなかった。
しばらく試行錯誤の日々が続いたが、ふとお店にならぶお菓子へ目を向けた時、バームクーヘンの存在に気持ちが留まる。

当時、バームクーヘンは、クラブハリエの一番人気のリーフパイに続き2番目に人気だった。そこで山本氏は、バームクーヘンがリーフパイに続く人気商品にまで成長できたら、看板商品が2つに増えるため売上もあがるのではないかと思いつく。
今でこそしっとりとした美味しいバームクーヘンはたくさんあるが、当時は、結婚式の引き出物などを中心に日持ちすることを優先した、パサパサとした食感のものがほとんどであった。パサパサとした食感のバームクーヘン が世間に多く出回っていたことも、バームクーヘンが不人気の理由の要因だったのではないかと山本氏は考える。

バームクーヘンに着目した理由は、ヒットが望めるからではなく、”好きだと言って下さる地元のお客さまがたくさんいたから、もっと喜んでもらえるよう商品をブラッシュアップしよう”という、たねやの原点の考え方である。そして何より、山本氏自身がクラブハリエの洋菓子の中で、一番バームクーヘンが好きだったことも理由だった。

地道に、惜しまず、丹精込めて

お菓子屋に生まれた山本氏は育った環境ゆえに普通の人と比べてもお菓子に触れる機会は多かったという。また、たねやのお菓子の中でもバームクーヘンが一番好きで、その気持ちは子どもの頃から変わらずだった。

少年時代には、学校から帰るとたねやの工場へ遊びに行き、工場内でお菓子が出来上がる様子などを見ていた。すると、焼きたてのカステラや栗饅頭などはそっちのけでバームクーヘンの丸太の存在が山本氏の子どもゴコロを圧倒的につかんだ。そして…

「思わず『かぶりつきたい!』と。実際に、かぶりつきました(笑)」

人よりも多くお菓子に触れて育ってきた山本氏は、ある意味で大抵のお菓子に見慣れてもいただろう。けれど、バームクーヘンの丸太だけは別格で、かぶりつきたい衝動をどうしても抑えられなかったと話す。これはなにも山本氏だけに限ったものではなく、一般の我々であってもあの丸太を見れば思わず「かぶりつきたい!」衝動が一瞬でも湧くはず。

「バームクーヘンを売り出すにあたり、バームクーヘンの丸太にかぶりつけるお店を作ったら面白いんじゃないかと思い提案しました。しかし、現実的に厳しい部分もあり、お客さまから見えるところで丸太を切って販売しようという話になりました。」

店頭に並んでいる輪切り状のバームクーヘンしか見たことのない我々からすると、最初からあの形で焼いて作っているものだと思い込んでしまう。
実際に、丸太のバームクーヘンをお客さまへ見せた時の反応はかなり良かったそうだ。ところが、いざ丸太をカットし始めると「なんだ、バームクーヘンか」と、さっと人々は去って行ったようだ。当時は、それほどにバームクーヘンの人気は薄かった。

「『ちょっと待って下さい!一口でも良いので食べてみて下さい!』と試食も配りながら必死に声かけしました。『不味ければ不味いと言ってくれていいし、2度と来なくても良いから』とも言って、当時まだ接客の経験など全くなかったので、本当にこんな感じで(笑)
けれど、食べてくれた人に、どうですか?と聞くと『あら、美味しいじゃない』と。」

徐々に買ってくれる人やリピーターは増え、さらに「美味しかったから人に送りたい!」と、どんどん輪が広まっていったと話す。一方で、そこに至るまでには数々の苦労もあったという。

バームクーヘンに力を入れようと会社へ提案した際、賛成してくれたのは会社内でたったの3人。営業部長、工場長、山本氏の父であり、当時のたねや社長山本 徳次(現たねやグループ名誉会長)だけだった。この3人からは「やってみろ」と背中を押されたが、その他の協力者はゼロ。その時の空気は今でも忘れられないほど強く記憶に残っているという。

デパートに出店する際も「バームクーヘンは売れないから出店は認められない」とデパート側に断られてしまう。そのことを山本 徳次氏に話すと「1週間だけやらせてやってくれ。もし売れなければ、俺が全部買うから」とデパートへ頭を下げてお願いしてくれ、なんとか出店は実現できた。

「今までの自分の甘さを自覚した瞬間でした。ただバームクーヘンが美味しい、好きだという気持ちだけではいけないんだということを痛感したのです。その時すでにオープンの数ヶ月前でしたが、2種類しかなかったバームクーヘンのサイズを6種類にまで増やすなどして幅広い層にフィットするようラインナップを増やし、その1週間に挑みました。」

あれだけ売れないと言われていたにも関わらず、初日から好調な滑り出しをきる。しかし、周囲からの風当たりは変わらず強かったという。

接客の経験のなかった山本氏は不慣れながら、必死でバームクーヘンの美味しさをお客さまへと伝えた。結果、最終日まで初日の売り上げを下回ることはなかった。文句を言っていた人たちは結果を見て黙り、さらに数年経った今では、会社全体がバームクーヘン頑張れという体制にも変わってきたという。

今日より明日、美味しさに磨きをかける

しっとりしてふっくらと柔らかなクラブハリエのバームクーヘン。言わずもがな数多くのファンもいて、「クラブハリエなら間違いない」と贈り物に選ぶ人も多い。
お菓子を作る上でのこだわりについて山本氏に伺ってみた。

「変わったことをしていかに驚かせようとするのではなく、今日作っているものを少しでも美味しくするためにはどうしたら良いのか?を考えます。」

お菓子を作る上で欠かせない素材については、いかに素材そのものの良さを生かせるかどうかが一番重要だという。
例えば果物の場合は、完熟している時が一番美味しいタイミングであるはず。一方で、ただ完熟の果物を使えば美味しいお菓子が作れるほど単純なことでは成り立たない。
果物をピュレ(素材をすりつぶして裏ごしし、舌触り滑らかな状態にしたもの)状にしてから使うとなれば、ピュレにした時に美味しくなるよう逆算する。

「そういったもの全てを完璧に仕上げるためには、変わったことをするなどといった考えではなく、1個1個の素材が最高の状態になることを重視するのが大切です。」

美味しいという感覚は一定方向ではない

お菓子を作るうえで基本となる素材選びは重要なポイントとなる。山本氏は常日頃から、日本のみならず世界に目をむけて、作るお菓子に必要となる最も適した素材を仕入れている。また、そこには自らの理念があるという。

「ひとくちに『美味しい』といっても、酸味や甘味、苦味、香りなどがあり、ひとつの感覚で示せるほど単純なものではありません。その感覚を手に入れるためには、とにかく日本中、世界中で美味しいといわれるものをとにかく食べてみること。それを続けていれば、自然と美味しいものと美味しくないものとの違いがわかってきます。」

味覚について「地図と同じようなものだ」と山本氏は表現する。「自分の中に味覚のマップがないのに美味しいかどうかの判断などできるわけがない。」
味覚を養うためには知性が必要で、その延長線上にこそ、お菓子に必要な味(素材)が見つかるということだ。

さらに、素材を選ぶ際にはシチュエーションも配慮するという。夏なら、バレンタインならばとそれぞれに選び方も変える。そして、いかに正確な素材選びができるかどうかは、自分の中にある味覚の地図がいかに大きいかどうかが左右する。

「とにかく、美味しいといわれるものをどんどん食べたら良い。そして『これだ』と思える素材と出会えたら、どのようにしてこの素材の良さを引き出すかを考える。それが美味しいお菓子を作るスタート地点です。」

物事を悲観的に捉えず、シンプルに、丁寧に

山本氏自身、もちろんお菓子作りへ強いこだわりを持っている。しかし、お客さまには「ただ楽しく、気楽な気持ちで食べてほしい」と語る。

お菓子は、生きていくために必ずしも必要ではないかもしれない。例えば旅行や趣味などといった、生活を彩るようなプラスαのような存在。そういった中でも、お菓子は一番手軽で身近な存在でもある。

「美味しいお菓子を食べると人は笑顔になる。そしてクラブハリエのお菓子もまた、そんな風にあれたらと思っています。」

今後の展望について尋ねると、返ってきたのは「わからないですね(笑)」と、あまりに即答なことにも驚いた。目まぐるしい時代の変化や、お菓子業界の厳しい現実を目の当たりにしているからだという。

コンビニスイーツがクオリティを上げている中で、手軽に手頃な価格帯で美味しいお菓子が手に入るという点においては、我々消費者からすると喜ばしいことでもある。しかしその背景には、町のお菓子屋さんの存在意義が問われている。
この状況を悲観的に捉えていないと山本氏は話す。

「むしろ、ライバルが出てくるのは大賛成です。もっと頑張ろう、もっと美味しいお菓子を作ろうとさらに高い目標を持てますし、それが切磋琢磨というものだとも思うので。今後も今までと同様、変わったことをしようとするのではなく、ひとつひとつの物事をシンプルに、地道に積み重ねていく。それだけです。」

流れに身をゆだねはするが、軌道は常に美味しさと、お客様へと向けられている。だからこそ太く広くつながっていくのではないだろうか。

店舗情報
店名:クラブハリエ

住所:滋賀県近江八幡市北之庄町615-1 ラ コリーナ近江八幡

営業時間:
【メインショップ】
9:00~18:00
カフェ 9:00~18:00 (ラストオーダー17:00)
※焼きたてバームクーヘンが無くなり次第、ドリンクオーダーのみ

【カステラショップ】 
9:00~17:00
カフェ 9:00~17:00(ラストオーダー16:00)
食事 11:00~売り切れ次第終了
【フードガレージ】
ギフトショップ:9:00~ 17:00
フードコート:10:00~16:00
※パンショップは、パンが届き次第OPEN (10:30頃)いたします。
※状況により、予定時間より早く閉店する場合がございます。

定休日:年中無休(1月1日を除く)

kanmi
3時のおやつはかかせない、甘党フリーライター。好物はクラブハリエのバームクーヘン。毎日がほんのりとあたたかくなるような文書をお届けします。