イギリスの伝統菓子リッチフルーツケーキで「幸せな時間をおすそわけしたい」

細い路地が入り組む静かな場所、奈良県大和郡山市。その町に大きくそびえ立つ、くすの木のすぐそばにKANE FACTORY(ケインファクトリー)はある。

日本ではまだ珍しいイギリスの伝統菓子、リッチフルーツケーキをあつかうこちらのお店。中に入るとどこか懐かしさを醸す、ほっとした空気が流れる。

今回お話をうかがったのは、ケインファクトリーオーナー兼パティシエの、法貴 貫志郎(ほうき かんしろう)氏。にっこりと笑うチャーミングな顔は、一度会うと忘れられなくなる。
そんな法貴氏、お菓子屋を営む少し前までお菓子作りの経験など全くなかったそうだ。どのような流れでリッチフルーツケーキと出会い、お店を開くまでになったのか。そのストーリーには、たくさんの人との出会い、そして想いがぎゅっとつまっていた。

人生を変えたリッチフルーツケーキとの”感動の出会い

定年を間近にむかえた50代後半、法貴氏は仕事の関係でシンガポールに駐在。その時、現地の友人がプレゼントしてくれたのがリッチフルーツケーキだった。

「シンガポールに駐在して2年目くらいの時でしょうか。友人から手作りのケーキをプレゼントしていただいたんです。今まで食べたことのない美味しさに心を打たれました。ぜひ作り方を教えて欲しいと友人にお願いして、そこから毎週末はフルーツケーキを焼くように。」

教えてもらったレシピはイギリスに昔から伝わるトラディショナル(伝統的)な、いわば普通のリッチフルーツケーキのレシピ。友人たちの中には「本当に普通に焼いたの?隠し味は何もしていないの?」と驚く人もいたよう。

「シンガポールの人たちはパーティーが大好きなんです。そこへ作ったフルーツケーキを何度か持って行くようになりました。毎週作るうちに少しずつ工夫を重ねるうちに、友人たちの間で「”ケイン”の作るリッチフルーツケーキはすごく美味しい!」とちょっとした話題になりました。」

”ケイン”とは、法貴氏が海外で呼ばれるニックネームのこと。そのまま今の店名にも由来している。

「シンガポールのスーパーには、リッチフルーツケーキを作るキットが普通に売られています。私の場合、ベトナムやタイなどからドライフルーツを買い込み、試行錯誤しながらたくさんのフルーツケーキを焼き、その都度友人たちに食べてもらっていました。駐在中5年間に焼いたケーキの数は数え切れないほどです。」

大きなくすの木と三角屋根が目印 自慢フルーツケーキを振る舞う温かなお菓子屋さん

約6年の海外駐在を終え、日本へ帰ることとなった法貴氏。

「ケイン、あのフルーツケーキどうするの?シンガポールでお店をやったらどう?出資するから考えてみてよ!」

友人の奥様が法貴氏のフルーツケーキをすごく気に入り、もうこの先食べられないだなんて惜しすぎる!と、どうにかこっちに残ってお店を出さないかと強くお願いされたのだ。

「とても驚きましたし、同時にとても嬉しかった。シンガポールでは、友人たちでお金を出し合いお店を出すスタイルは多くあります。でも、すぐには決断できませんでした。一度、日本に帰って真剣にお店を出すことについて考えようと。そして、日本で軌道に乗ったらシンガポールで出店しよう!そんな思いで帰ってきました。」

帰国後、早速準備にとりかかる。
長年、エンジニアとしてサラリーマン生活を送ってきた法貴氏。もちろん、お菓子屋を開くための知識や経験は全くない。材料の調達や場所探しはもちろん、開店するための資金についてどうするのかわからなかった。そこで、まずオンラインショップだけでスタートするのはどうかと行動に出る。

「リッチフルーツケーキだけで実店舗を持つのは少し厳しいかもしれない。まずはオンラインショップでの販売をスタートさせることにしました。作業場所として考えていたのは、自宅の台所。しかし、家の人から「待った」がかかりまして…(笑)。そこで、自宅近所にある小さなアパートを借りて、約1年間はそのアパートで。その後、ありがたくも少しずつ売れるようになり、在庫を置く場所にも困ってきたので違う場所へ移動して。今の場所は最初から数えて3カ所目になります。」

くすの木のすぐそばにある三角屋根が目印のケインファクトリー。今は、オンラインショップだけではなく実店舗も構えている。

「2016年1月。テレビで紹介されたことがきっかけで、たくさんの問い合わせが入るようになりました。かなりの数の出荷に合わせて、「フルーツケーキを取りに行くから場所を教えて欲しい」との連絡もたくさん頂いて。そこで中のレイアウトを少し変えて、看板を設けて、4月にはお店をオープンさせました。」

テレビ放送直後には、かなりの人が店舗へ来られたそう。今は少し落ち着き、ご近所の常連さんを主に、オンライン、中には海外の常連さんもいるのだとか。

「ロンドンや、アメリカ在住の日本人の方からオーダーが入ることもあります。「アメリカのフルーツケーキとは全然味が違う!」と、とても気に入って下さって、すでに3,4回リピートして頂いています。」

無添加、無着色。素材選びは妥協しない

法貴氏の手にかかれば、トラディショナルフルーツケーキレシピも、どこかオリジナルで真似できないものへと生まれ変わる。その秘密やこだわりについて話を聞いてみた。

「絶対条件は『無添加』『無着色』の2つ。しかし、この条件をクリアするにはかなりの時間がかかりました。」

ケインファクトリーのフルーツケーキには、8種類のドライフルーツ、2種類のナッツ類、そしてレモンが入っている。パウンドに使用する小麦は有機のものを。普通の砂糖ではなく三温糖を選ぶことで、カラメル風味の強いコクと旨味がケーキに深みを増す。

「ドライフルーツは輸入で入手できる無添加、無着色のものを選び、レモンは広島県尾道市にある『しまなみレモン』さんから、防腐剤処理していないものを分けて頂いています。」

フルーツケーキにレモンを入れる理由について法貴氏は「レモンの皮には防腐・防菌作用がある」と教えてくれた。

「実は伝統レシピでは、オレンジの皮を入れます。しかしながら、日本で無農薬、防腐剤不使用のオレンジはなかなか手に入れるのが難しい。そこで、農薬を極力使っていない、防腐剤不使用の『しまなみレモン』なら安全だと思いました。ケインファクトリーを初めた時から、ずっとこれだけは変わらずです。」

ケーキの半分がフルーツ!? 日本にはないリッチなフルーツケーキを看板に

イギリスでは家庭の味として親しまれるリッチフルーツケーキ。法貴氏が駐在していたシンガポールもまた、昔はイギリスの植民地であったために、イギリスの食文化が強く残っている。
リッチフルーツケーキの特徴は、何と言っても生地に負けないほどたっぷりと入ったドライフルーツの量。それが”リッチ”と名付けられた理由の1つでもある。食べ応えも十分だ。

しかし日本ではまだ、このリッチフルーツケーキはあまり知られてはいない。ここに目をつけた法貴氏は、ドライフルーツの種類と量で勝負しようとひらめく。

「日本にあるフルーツケーキは、厚み1cmくらいの、軽いパウンドケーキといった印象が強い。けれど本場のリッチフルーツケーキは、中身にドライフルーツがぎゅっとつまり、厚みは7,8mmと薄く切って食べます。その習慣が日本にはまだなく、リッチフルーツケーキという名前で販売しているのは、ケインファクトリーだけです。」


「リッチフルーツケーキの特徴にもう1つ、スパイスも加わります。イギリスにはスパイスケーキという、たっぷりのスパイスが入った、なんともクセになるお菓子があるのです。このスパイスは、味にインパクトを与えるほかに、長期保存するための保存料としての役割を果たしてくれます。フルーツケーキに入るスパイスの量は、程よくアクセントになる程度。味に締まりがクッと出て、大人のお菓子へとアップデートします。」

ケインファクトリーの魅力は、本場イギリスの味を日本で食べられることだけではない。定番レシピに加え、法貴氏オリジナルの工夫として2種類のナッツが入っている。ナッツを加えることにより、食べ応えはもちろん、食感がより楽しめるよう仕上がるのだそう。

完成まで2ヶ月、丁寧な熟成が味を左右する

リッチフルーツケーキの完成までにはなんと、2ヶ月もの時間がかかるという。果たしてその工程とはどのようなものなのだろう。

「まず、ドライフルーツをラム酒に1ヶ月ほど漬け込みます。漬けたドライフルーツを使ってケーキとして焼き上げ、また1ヶ月間熟成。焼き上げ後の熟成期間に、フルーツに染み込んだラム酒が生地と馴染むのです。熟成期間が旨味を左右する大きなポイントとなります。」

ケーキと聞くと、生物で保存期間が短いと印象を受ける人も多いだろう。しかし、リッチフルーツケーキは、熟成すればするだけ個性が現れ美味しくなる。イギリス家庭では、リッチフルーツケーキに”家庭の味”があり、家によってフルーツケーキの作り方や熟成期間が異なるのだという。

ラム酒やスパイスといった『大人』をきかせたリッチフルーツケーキ。その味からして、大人の女性ばかりでなく、男性にまで人気は徐々に広まり、今やお客様の半数は、男性が占めている。法貴氏いわく「リッチフルーツケーキは、アルコールと一緒に嗜む『大人のお菓子』でもある」。

幸せな時間をおすそわけしたい

最後に、今後の展望、そして法貴氏が伝えたいことについて聞いてみた。

「こうして8年もの間、リッチフルーツケーキを作り続けてきました。しかし、まだまだ日本では認知されていないと感じるのです。なのでこの先、リッチフルーツケーキをもっとたくさんの方に知って頂いて、「美味しい」「幸せだな」そう感じてくれたら嬉しいですね。シンガポールの人たちは、お茶の時間をとても大事にする習慣があります。それは、日本にいては知り得なかったこと。家族や友人たちと甘いものを囲みほっとする時間は、毎日の活力になりますし、本来の自分を取り戻すために必要だと私は思うのです。色々ある人生には、そういう時間も大切ですから。」

ケインファクトリーのリッチフルーツケーキには、こうした法貴氏の想いや、その背中を押してくれたシンガポールで出会った友人たち、その全てが詰まっている。

お店情報
店名:ケインファクトリー くすの木店

住所: 奈良県大和郡山市南郡山町464−2

定休日:火曜、水曜、木曜、日曜

営業時間:11時00分~17時00分

まだ誰も出会ったことない“美味しい”を

奈良県大和郡山市にあるKANE FACTORY(ケインファクトリー)は、イギリスの伝統菓子“リッチフルーツケーキ”の専門店。生地の中にたっぷり詰まったドライフルーツ、お酒の風味とスパイスを適度に効かせた、ちょっと大人な味だ。

ケインファクトリーのオーナー兼パティシエでもある法貴 貫志郎(ほうき かんしろう)氏。伝統レシピを大切に、新たな挑戦も欠かさないからこそ、唯一無二のお菓子が誕生する。そんなケインファクトリーの、“スタンダードを極めた先にあった全く新しいお菓子”たちをご紹介する。

ちょっと大人なお菓子「英国式フルーツケーキ」

まずご紹介するのはケインファクトリーの看板商品、英国式フルーツケーキ。フルーツケーキのこだわり、そして美味しい食べ方などについて伺った。

「伝統的なイギリスのフルーツケーキのレシピを基本に、少しアレンジを加えて誕生したものが、ケインファクトリーの英国式フルーツケーキです。名前に“英国式”と敢えてつけたのは、イギリスの伝統を尊重する気持ちを表したかったから。ケインファクトリーで販売するにあたり、選ぶ材料や作り方などを少し替えてはいますが、根本にあるのはトラディショナル(伝統的)です。」

ケインファクトリーのフルーツケーキには、伝統レシピと同じように8種類のドライフルーツが入っている。そこへ新しくナッツを2種類、保存料の代わりにレモンも加えた。
素材選びには絶対妥協しない法貴氏。選ぶものは全て無添加、無着色。安心、安全なもので作ることをモットーとしている。

「ナッツはボリューム感を増してくれるだけでなく、食感もプラスできます。レモンは、広島県の『しまなみレモン』を選びました。『広島県特別栽培』にも認定される”広島ブランド“のレモンで、無添加、無着色と安心です。本来、定番のレシピにはオレンジが入っています。しかし、日本で無添加、無着色のオレンジを手に入れるのはとても難しい。そんな中、しまなみレモンさんと出会い「これだ!」と思いました。」

英国式フルーツケーキ、いわゆる”リッチ“フルーツケーキの特徴は、なんといってもたっぷりのドライフルーツの量。ケーキの半分以上がドライフルーツとナッツなのだという。生地に使う小麦には、国産有機を選び、甘味はこっくり濃厚な三温糖、そしてスパイスもほんのり効かせる。
食べ応え満点のケーキは、驚いたことに、完成までには2ヶ月もかかるという。

「まず、ドライフルーツをラム酒に1ヶ月漬け込みます。ラム酒がたっぷりと染み込んだドライフルーツを生地とともに焼き上げ、また1ヶ月の間熟成させます。この熟成期間に、ドライフルーツの味や風味がパウンド生地にゆっくりと染み込んで行きます。英国式フルーツケーキは、ドライフルーツ、アルコール、スパイス、ナッツ、これら全てが合わさることで、特徴的な”大人な味“へと仕上がるのです。」

ウィスキーと一緒に嗜むもよし、夏にはバニラアイスを添えることでさっぱり食べられるのだと法貴氏おすすめの食べ方を教えてくれた。

香り引き立つ「チョコレートフルーツケーキ」

定番のフルーツケーキの他に、チョコレートを生地にたっぷり練りこんだフルーツケーキもある。チョコレートは、京都の老舗店『Dari K(ダリケー)』のもの。イギリスのフルーツケーキ専門店には、いくつもの種類のフルーツケーキがあり、その中にチョコレートを使ったフルーツケーキもあるそうだ。

チョコレートは、温度変化にとても敏感な素材。生地に練り込む量が多くなるほど、繊細に扱う必要がある。ケインファクトリーのチョコレートフルーツケーキには、たっぷりの量のチョコレートが練りこまれていて、型に生地を流しこむ作業はまさに時間との勝負。作業工程の全てにおいてベストなタイミングを見極めるには、幾度の試行錯誤が繰り返された。
生地にチョコレートを練りこんだケーキは他にもあるだろう。しかし、生地のほとんどがまるでチョコレートのように濃厚で、それでいてドライフルーツまでたっぷりの量入っているケーキは、日本中探してもケインファクトリーだけだろう。

「以前はコートジボワール産のフェアトレードのチョコレートを使っていました。パリに住む友人が送ってくれていたのですが手に入らなくなってしまい、新たに探していたところ、ダリケーのチョコレートに出会ったのです。」

ダリケーは、インドネシアにある農園と直接契約し、栽培から製造までの全てを自社で行うチョコレート専門店。生産から廃棄まで追跡可能なトレーサビリティも実現している。安心、安全な点においても法貴氏の厳しい素材選びの条件をクリアしている。

「ダリケーのチョコレートは、味がとてもフルーティなんです。香りも風味も圧倒的に良い、本物の感性が宿るチョコレートです。」

ダリケーのチョコレートには、カカオ独特のビターなコクはもちろんのこと、フルーティーな味わいがあり、後味はものすごくさっぱりしている。

しかしながら、あまり素材にこだわると原価が上がってしまうのでは?との質問に対し、「原価よりも、品質を大切にしたい」と法貴氏は答える。

こちらのチョコレートフルーツケーキ、おすすめの食べ方は「ブランデーなどお酒と一緒に楽しんでほしい」とのこと。食事後のデザートにぴったりだ。

季節ごとの味を楽しむ 限定フルーツケーキ

ケインファクトリーでは、春(4月から6月まで)と、夏(7月から9月まで)に、それぞれ季節限定のフルーツケーキが登場する。春は、クランベリーのフルーツケーキ。甘酸っぱいクランベリーがフルーツケーキとよく合い、程よいアクセントとなる。

また夏になると、八朔を使ったフルーツケーキが姿を見せる。八朔の酸味、そして苦味。この苦味こそ、夏にやや重たく感じてしまうケーキに、ぴりっとしたテイストを加えてくれるからして格好の素材なのだ。

「使う八朔は、奈良の葛城山で作られる無農薬のもの。それをピールにしてケーキと一緒に焼き上げます。八朔は、グレープフルーツと比べて苦味が強いのです。しかし、八朔の方が皮が薄くてケーキに入れた時にとても繊細な存在感を魅せてくれます。春は甘酸っぱさを、夏はぴりっと程よい苦味を。この2つを楽しんで下さい。」

この2つのほか、秋には栗のフルーツケーキ、冬には柿フルーツケーキも登場する。

食感も楽しい新商品「PariKari(パリカリ)」


「幅広い年代の方に食べてもらいたい」「プレゼントにも選んでもらえるように、日持ちのするお菓子を作りたい」そんな法貴氏の想いから新たに誕生した、PariKari(パリカリ)。佇まいはまるでクッキー、けれど全く新しい感覚を味わえる不思議なお菓子だ。食べるとすっと口で溶けて、ナッツの香りがふわっと広がり、思わずクセになってしまいそう。

「パリカリは、南フランスの郷土菓子がベースとなっています。フルーツケーキにはたっぷりのお酒を効かせているので、年齢を問わずに楽しめるお菓子をと思い、辿り着いたのがパリカリです。紅茶と一緒に召し上がってみて下さい。」

食べた時の「パリッカリッ」となんとも楽しい食感が、名前の由来になったのだとか。
こちらのパリカリ、本場レシピではナッツのみを使うそうだが、法貴氏はさらにココナッツやピスタチオを加え、より風味や食感を楽しめるよう工夫した。

「このお菓子はとても繊細で、南フランスの人たちですらあまり作らないと聞きました。焼きのタイミングは卵白が膨らんでいる間でなくてはいけないとか、品質を一定に保ちながら仕上げるのにもとても苦労します。湿気にもとても弱く、湿度の高い日本ではすぐに粘っとなってしまいます。密封性の高いパッケージにするなど、品質を保てるように管理しなければなりません。」

本場のレシピや伝統を大切に想いながらも、法貴氏らしさを忘れないお菓子作り。そこには、まだ誰も見たことのない、“新しい美味しさ”を見つけることができる。そんなお菓子に出会えるケインファクトリー、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。

お店情報
店名:ケインファクトリー くすの木店

住所: 奈良県大和郡山市南郡山町464−2

定休日:火曜、水曜、木曜、日曜

営業時間:11時00分~17時00分